今回はヘルスケア領域での大きなトレンドとそれに対応したシンガポール政府の政策やスタートアップを見ていきます。まずは、病気の予防から見ていきましょう。
シンガポール政府は、2021年から砂糖を多く含んだ飲み物の広告を禁止する新しい政策を10月に発表しました。広告の規制にあわせて、砂糖の含有量に応じて、異なるカラーコードのラベル表示を行うことが義務化されます。シンガポールでは人口比率で10.5%の人が糖尿病に罹患しており、これは世界平均の8.8%と比べても高い数値です。糖尿病対策としては世界でも初めての取り組みとなり、注目を集めています。
シンガポールでも医療費の高騰やそれにともなう医療保険の継続性が大きな問題となっています。どのように医療費を抑え、サステイナブルな保険制度を作るかという観点から注目されるスタートアップのひとつがCXA Groupです。
CXA Group | https://www.cxagroup.com/
CXA Groupは企業向けの保険・福利厚生・健康管理プラットフォームです。企業は従業員向けにパーソナライズされた保険・福利厚生・健康管理を提供できるようになります。従業員の健康上のリスクを分析し、予防につなげるような健康増進プログラムのレコメンドをします。すでにスターバックス、ロレアルなど大手企業で導入されており、現在は東南アジアでの展開に向けてベトナムなどに拡大中です。
・Founded:2013
・Funding:USD 58M
・Investors:Heritas Capital Management, MDI Ventures,
Sumitomo Corporation Equity Asia etc.
上記のような、政策レベルでのコントロールと、CXAのような自己管理テクノロジーが合わさることによって、どのように健康が実現されていくのかが今後注目のポイントと言えそうです。特に、CXAの健康になるプログラムは、本当にそのおすすめに従いたいと思うのか?そして、本当に健康になるのか?そして、医療費は抑えられるのか…など、個人としても期待したい内容です。
続いてのトレンドは大規模データを利用した治療法の開発です。ビッグデータやAIを利用し、より効果の高い治療方法を効率よく発見するためのテクノロジーの開発が進んでいます。シンガポールは東南アジア地域における医療先進国であり、バイオテクノロジーへの投資にも積極的です。このようなテクノロジーを支えるため、シンガポールの科学技術庁が主導し、アジア人にフォーカスした遺伝子データバンクを構築したことが10月に発表されました。アジア人特有の遺伝疾患の解析や、治療方法の研究のために利用されます。データベースにはアジア人の8割をカバーする、中国系、マレー系、インド系シンガポール人などが含まれており、5000人分近いサンプルをすでに集めています。今後さらに拡大する予定です。
このような大規模データベースの解析および治療方法の確立を支える、AIを利用した分析エンジンを開発しているスタートアップがBiofourmisです。
Biofourmis | https://www.biofourmis.com/
BiofourmisはAIベースのアナリティクスエンジンBiovitalsを開発しています。治療や医薬品の研究開発、パーソナライズされた治療計画の作成など幅広い内容での分析支援を進めており、心不全、心筋梗塞、COPDなどの治療に対応できるような分析エンジンの開発を進めています。CEOのKuldeep Singh RajputはMIT Media Labで心臓の生体信号を分析する研究をしていました。エンジニアリングと医療を近づけたい、という信念をもって起業したそうです。TEDxなどでその信念を垣間見ることができます。
・Founded:2015
・Funding:USD 43.6M
・Investors:Sequoia Capital, MassMutual Ventures, EDBI etc.
Biofourmisは生体信号の分析を得意分野としており、患者さんのモニタリングや、薬を飲んだときの効果のモニタリングなど、さまざまなシーンで利用される可能性をもっています。遺伝子、生体信号など、これまでデータがとりづらかったものが、データとして大量に蓄積され、分析されることによって、治療方法の発見につながりやすくなったり、よりパーソナライズされた治療方法の作成につながったりする点で、医療に大きなインパクトを与える動きといえそうです。
最後に、医師のデータベースをもち、適切な治療ができる医師と患者のマッチングサービスを運営している、スタートアップのDocDocを紹介します。
DocDoc | https://www.docdoc.com.sg/
DocDocは医師と患者をつなぐオンラインプラットフォームです。適切な治療を受けられる医師を探すことができるよう、AIを使った医師の検索が行えます。現在23,000人以上のドクター、800件近いクリニックが登録されており、アジア最大級のドクターのネットワークです。DocDocはSingapore Tourism Boardと連携しており、医療サービスを求めてシンガポールに渡航する旅行者向けに情報提供しています。シンガポールは国家としてメディカルツーリズムに力を入れており、社会インフラが整っており、英語が通じることにあわせて先進医療を提供できる優位性を生かしてアジア周辺国からの患者を受け入れています。
・Founded:2012
・Funding:USD 24.6M
・Investors:Adamas Finance, Cyberport, SparkLabs Global Ventures etc.
DocDocは患者さんと医師を直接テクノロジーによってつなぐだけでなく、医師同士もつなぐプラットフォームとしての役割も視野に入れており、このことを通じて、医師全体としての治療レベルの向上を目指しています。
紹介した事例から、予防から治療まで、医療のさまざまな側面がテクノロジーによってアップデートされつつあることがわかります。
ユーザーが自分自身の健康状態を客観的に知り、健康な状態を保ち、もし病気になったときも、より質の高い医療を受けることができる−高齢者や情報弱者まで含めたあらゆる人にとって、安心して受けられる医療を実現するようなテクノロジーの進化が、今後も楽しみです。
Writer:西村菜美(NUS)
Editor:伊藤隆彦(One&Co)